ちょっと古いですが、印象深い映画。
もう一度観てみたくなったので、ゲット。
この映画を観ると、無の境地、というのはどういうものなのだろうか?と考えさせられる。
この映画は、自分の考えていることが、口に出さなくても相手に伝わってしまうという障害を持っている人の話。SFに分類されるのかな。
この「サトラレ」と称される人たち(日本には7名いる)は、脅威の天才で、みなIQ180以上という。
それゆえ、国の財産として法律で守られている。
国民は、サトラレの存在に気がついても、気がつかないふりをしなければならない。
気がついて、「サトラレだ」とか言ってしまうと、現行犯逮捕される。
そんなサトラレ症例7番が、臨床医(外科医)として生活している、という話。
自分の思いや考えがそのまま相手に、勝手に伝わってしまう、ということは、医者の守秘義務はもちろん守ることはできず、インフォームドコンセントの駆け引きも成り立たない。
告知の問題など、種々の問題を抱えてしまうのだ。
この映画は、かなり泣けた。
この手の展開、台詞回しには、負けやすい。
ユースケ・サンタマリアが演じた「アルジャーノンに花束を」にも負けてしまう私なのです。
で、思うわけだ。無の境地とは、本当にあるのだろうか、と。
エンドロールのときに、ふと思い立った。
そう思い始めると、無ってなんだ?と頭の中で思考が動き始める。
「無」という文字が、頭の中に出てきてしまうのだ。
そんなとき、もうひとつの事実に気がつく。
この映画に没頭しているときって、何を考えていたんだろう。
けっして、頭の中に「感動」とかそんな文字は浮かんでいない。
何も考えずに没頭し、涙がでてくる。
・・・これが、無の境地なのか?
そんなことを考えてしまった。
あ、そうか。
手術中、この症例7番は「思念波」を発しなかったのは、手術に没頭していたからか。
なお、この映画は2001年に放映されています。
大学病院図書館の雑誌コーナーに、EBMジャーナルの表紙が多数。
2001年くらいは、ちょうどブームになり始めたときごろだったような気がするから、けっこううまい演出だなぁと思いました。